ゼロトラストとは?「城壁」が通用しない時代の新セキュリティ常識

結論: ゼロトラストとは、「何も信頼しない(Zero Trust)」ことを前提に、すべてのアクセスを検証するセキュリティの考え方です。

かつては「社内ネットワークの中にいれば安全、外側は危険」という境界線で守るのが一般的でした。しかし、クラウドサービスの普及やリモートワークの定着により、その境界線は消滅しました。今は、社内からのアクセスであっても、社長からのアクセスであっても、その都度「本当に本人か?」「安全なデバイスか?」を厳しくチェックするのが新しいスタンダードです。

この記事では、ゼロトラストがなぜ必要なのか、具体的にどう運用されているのかを、開発や運用の視点から深掘りしていきます。


Contents

なぜ今、これまでのセキュリティでは守れないのか

ゼロトラストという言葉が普及した背景には、従来の「境界型セキュリティ」の限界があります。

境界型セキュリティ(城壁モデル)の仕組み

これまでは、会社を「城」に例えて守っていました。

  • 城壁(ファイアウォール)を作り、敵が入れないようにする。
  • 城門(VPN)を通る人だけを厳重にチェックする。
  • 一度城の中に入れば、その人は「味方」として自由に行動できる。

このモデルは、社員が全員オフィスにいて、データも社内のサーバーにある時代には有効でした。しかし、現代では以下の理由でこのモデルが崩壊しました。

  • 1. クラウド利用の増加: データが「城の外(SaaSやAWSなど)」に置かれるようになった。
  • 2. 働き方の多様化: 社員が自宅やカフェなど「城の外」から仕事をするようになった。
  • 3. 攻撃の高度化: 一度侵入を許すと、城の中(社内ネットワーク)を自由に動き回られ、被害が拡大する。
Yachi

城壁モデルの最大の問題は、「内側にいる人は善人である」という性善説に基づいている点です。万が一、社内のPCがウイルスに感染したり、アカウントが乗っ取られたりすると、防御策がないに等しい状態になってしまいます。

「VPN」の仕組みやメリットについては、こちらの記事で詳しく解説しています。

ゼロトラストの3つの鉄則

ゼロトラストを理解する上で、基本となる3つの原則があります。これらは米国国立標準技術研究所(NIST)が定義したガイドラインにも通ずる、非常に重要な考え方です。

1. すべてのアクセスを常に検証する

「どこからアクセスしているか」に関わらず、毎回認証・認可を行います。朝一番にログインしたからといって、午後のアクセスが安全とは限りません。セッションごとに、ユーザーのID、デバイスの状態、位置情報などをチェックします。

2. 最小権限の原則(Least Privilege)

ユーザーには、その仕事に必要な「最小限の権限」だけを与えます。エンジニアがデザインツールを閲覧する必要がなければ、その権限は付与しません。権限を細分化することで、万が一アカウントが漏洩しても、被害の範囲を最小限に食い止めることができます。

3. 被害に遭うことを前提とする(Assume Breach)

「絶対に侵入させない」ではなく、「すでに侵入されているかもしれない」と考えます。そのため、ネットワークを細かく分断(マイクロセグメンテーション)し、攻撃者が横方向に移動(ラテラルムーブメント)できないように設計します。


ゼロトラストを実現するための主要な技術

ゼロトラストは「これさえ買えばOK」という特定の製品名ではありません。複数の技術を組み合わせて構築する「戦略」です。代表的な構成要素を見ていきましょう。

ID管理(IAM / IDP)

ゼロトラストの基盤は「人」の確認です。OktaやAzure AD(Microsoft Entra ID)などのIDプロバイダーを使い、シングルサインオン(SSO)と多要素認証(MFA)を組み合わせます。「パスワードだけ」の認証は、ゼロトラストの世界では不十分とみなされます。

ゼロトラストの基盤となる「SSO」や「多要素認証(MFA)」についてはこちら。

エンドポイントセキュリティ(EDR)

デバイスそのものの健康状態を監視します。

  • OSは最新か?
  • アンチウイルスソフトは動いているか?
  • 不審な挙動をしていないか?

これらをリアルタイムで判定し、問題があれば即座にネットワークから切り離します。

ZTNA(Zero Trust Network Access)

VPNに代わる技術です。ユーザーと特定のアプリケーションを「1対1」でつなぎます。VPNとの違いは、「ネットワーク全体へのアクセスを許可しない」点です。必要なアプリにだけトンネルを通すため、他の社内資産が見えることはありません。

CASB / SWG

  • CASB: 社員が使っているクラウドサービス(SlackやGoogle Driveなど)の利用状況を可視化し、情報の持ち出しを制御します。
  • SWG: インターネットへの出口で「怪しいサイト」への接続を遮断する、進化版のプロキシです。

具体的な利用シナリオ:ある社員の1日

ゼロトラストが導入された環境で、社員がどのように仕事をするかシミュレーションしてみましょう。

1. 自宅から業務開始
社員が会社のラップトップを開き、業務アプリにログインしようとします。システムは以下の情報をチェックします。

  • ユーザーIDとパスワードは正しいか?
  • スマホアプリによる多要素認証をクリアしたか?
  • (ここがポイント) そのデバイスは会社が許可したものか? 最新のセキュリティパッチが当たっているか?

条件を満たせば、業務アプリへのアクセスが許可されます。

2. カフェへ移動して作業
ネットワークが自宅Wi-Fiからモバイル回線に切り替わりました。システムは「位置情報とネットワークの変化」を検知し、機密性の高いファイルへのアクセス時、再度本人確認を求めます。

3. 万が一、マルウェアに感染したら
作業中、うっかり怪しいメールの添付ファイルを開いてしまいました。デバイスにインストールされたEDRが異常を検知し、セキュリティセンターへ通知します。同時に、そのデバイスの「信頼スコア」が低下し、自動的にすべての業務システムからログアウト処理が行われ、アクセスが遮断されます。

Yachi

このように、「人の判断」を待たずにシステムが自動で防御動くのがゼロトラストの強みです。実務においては、この「自動遮断」のルールをどこまで厳しくするかの調整が、セキュリティ担当者の腕の見せ所になります。


ゼロトラストと「境界型」の比較表

項目従来の境界型セキュリティゼロトラスト
考え方内側は安全、外側は危険内側も外側も信じない
主な防御壁ファイアウォール、VPNID認証、デバイス検証、ZTNA
権限の与え方一度入れば広範囲にアクセス可能必要な時に、必要な分だけ(最小権限)
接続元オフィスの有線/無線LANが中心どこからでも(インターネット前提)
信頼の根拠ネットワークの「場所」ID、デバイス、コンテキストの「状態」

導入におけるハードルと「あるある」な誤解

ゼロトラストは理想的なセキュリティですが、導入には痛みも伴います。よくある失敗や注意点を確認しておきましょう。

誤解1:「VPNを廃止すればゼロトラストだ」

ZTNA(VPNの代わり)を入れることは大きな一歩ですが、それだけでは不十分です。デバイスの管理(MDM)や、ログの監視(SIEM)、ID管理の統合が伴っていなければ、単に「接続経路を変えただけ」になってしまいます。

誤解2:「ユーザーの利便性が下がる」

「毎回認証が必要なら、仕事の邪魔になるのでは?」という懸念です。実際、ガチガチに固めすぎると、社員は面倒に感じて「私物のPCでこっそり仕事をする(シャドーIT)」という最悪の結果を招きます。これを防ぐには、「リスクベース認証」の活用が不可欠です。「いつもの場所、いつものデバイスなら追加認証なし」「海外からのアクセスなら厳重にチェック」といった具合に、動的にハードルを変える工夫が求められます。

注意点:運用コストの増大

ゼロトラスト環境では、大量のログが出力されます。誰が、いつ、どのデバイスで、どのファイルに触ったか。これらを人力でチェックするのは不可能です。AIや自動化ツールを駆使して、異常を検知する仕組みを構築するためのコストとスキルが必要になります。

Yachi

ゼロトラストへの移行は「一括でシステムを入れ替えるプロジェクト」ではなく、「数年かけて文化と構造を変える旅」に近い感覚です。まずは優先度の高いID管理から着手し、少しずつ境界線を解体していくのが現実的なアプローチです。


ゼロトラストを段階的に進めるステップ

未経験のエンジニアや運用担当者がプロジェクトに関わる場合、以下の流れを意識すると全体像が見えやすくなります。

  • 1. ID基盤の整理 (Identity First): すべての入り口となるIDを1つにまとめ、多要素認証(MFA)を必須にします。
  • 2. デバイスの可視化 (Device Inventory): 誰がどの端末を使っているかを100%把握します。「許可されていない端末(野良PC)」を徹底的に排除します。
  • 3. ネットワークの分離 (Micro-segmentation): サーバー間やアプリ間の通信を整理し、不要な通信を閉じます。
  • 4. ポリシーの継続的改善: 運用しながら「厳しすぎて業務に支障が出ている部分」と「甘すぎて不安な部分」を微調整し続けます。

生成AIとゼロトラストの意外な関係

最近のトレンドである生成AI(ChatGPTなど)の活用においても、ゼロトラストの考え方は不可欠です。

例えば、社内専用のAIチャットを作る場合、そのAIにアクセスできるのは「適切な権限を持つ、安全な状態のユーザー」だけに制限する必要があります。また、AIへの入力内容(プロンプト)に機密情報が含まれていないかを、SWGやCASBのような仕組みで監視することも、ゼロトラスト戦略の一部と言えます。

AIがサイバー攻撃を高度化させている今、守る側も「常に疑い、常に検証する」というゼロトラストの自動化によって対抗していく必要があります。

社内AIの安全な活用に欠かせない「RAG」についてはこちらの記事をチェック!

まとめ

  • ゼロトラストは、ネットワークの内外を区別せず、すべてのアクセスを疑う考え方。
  • ID・デバイス・コンテキストの3要素で、接続のたびに検証を行う。
  • 最小権限を徹底し、万が一の侵入時も被害を局限する。
  • ツールを導入して終わりではなく、継続的な運用と改善が必要なプロセスである。

「境界を守れば安心」という古い常識を捨て、変化し続ける環境に合わせて守り方を変えていく。これが、現代のITプロダクトや組織を守るために最も実用的な最適解なのです。

セキュリティは、開発や運用のスピードを落とすためのものではありません。ゼロトラストによって「どこからでも安全に働ける環境」を作ることは、結果としてチームの生産性を高めることにも繋がります。

この記事を書いた人

生成AIコンサルタント / テックリード

外資系IT企業にて社内の生成AI活用推進と
生成AIプロダクト開発リードを担当。

かつてはWeb系のエンジニアとして、
モダンな技術スタックでのシステム開発から
数百億レコード規模のデータベース運用までを
フルスタックに経験。

「コードも書けるコンサルタント」として、
活用論と実装論の両面から、
現場で使えるIT知識を発信します。

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