結論: ハルシネーションとは、生成AIが事実に基づかない情報を、あたかも真実であるかのように生成してしまう現象のことです。
ChatGPTなどの大規模言語モデル(LLM)を使っている際、聞いたこともない架空の歴史上の人物について詳細に語られたり、存在しないプログラミングライブラリの書き方を教えられたりしたことはありませんか?日本語では「幻覚」と訳されますが、AIが意図的に嘘をついているのではなく、その仕組み上どうしても避けられない「もっともらしい出力の結果」として現れます。
この記事では、ハルシネーションが発生する根本的な原因から、実務でよく遭遇する具体的な事例、そしてRAG(検索拡張生成)やプロンプトを用いた回避策までを徹底的に解説します。AIを「魔法の杖」ではなく「精度の高い推定マシン」として正しく扱うための知識を深めていきましょう。
1. なぜAIは「幻覚」を見るのか? その正体と仕組み
ハルシネーションを理解するためには、まず生成AI(LLM)がどのように言葉を作っているかを知る必要があります。
「次に来る確率が高い言葉」を選んでいるだけ
LLMの本質は、膨大なテキストデータを学習し、「ある単語の次に来る確率が最も高い単語」を予測する統計モデルです。
例えば、「吾輩は猫で」という入力に対して、AIは学習データから「ある」が続く確率が極めて高いと判断します。このとき、AIは「夏目漱石の小説の内容」を理解して回答しているのではなく、あくまで統計的なパターンの積み重ねで文章を構築しています。
確率が「正しさ」を追い越す瞬間
ハルシネーションが起きる時、AIの内部では以下のようなことが起きています。
- 学習データに存在しない(あるいは非常に少ない)情報を問われる。
- 「わからない」と答えるよりも、学習した文法構造に基づき「もっともらしい続きの言葉」を生成しようとする。
- 結果として、文法的には完璧だが、事実に反する内容が組み上がる。
これがハルシネーションの正体です。AIにとっては、真実を述べることよりも「人間が書くような自然な文章の繋がりを維持すること」が優先される場合があるのです。
YachiAIは「辞書」や「データベース」ではなく、あくまで「計算機」です。情報を検索しているのではなく、その場で言葉を組み立てているという特性を忘れないようにしましょう。

2. ハルシネーションの主な4つのパターンと具体例
ハルシネーションは、いくつかの形式に分類できます。これらを知っておくことで、AIの回答が怪しい時に気づきやすくなります。
① 事実の捏造(Fabrication)
実在しない歴史、人物、科学的根拠を勝手に作り出すパターンです。
- 例: 「2025年に開催された〇〇会議の議長は誰?」という問いに対し、未来のことなのに特定の個人名を挙げて、その人の経歴まで詳細に説明する。
② 参照の誤り(Incorrect Citation)
論文や書籍、WebサイトのURLなどを引用する際、実在しないものを提示したり、タイトルと内容をテレコ(あべこべ)にしたりするパターンです。
- 例: 「ハルシネーションに関する学術論文を教えて」と頼むと、もっともらしい教授の名前とタイトルが並ぶが、実際に検索してもどこにも存在しない。
③ プログラミング上の「存在しない機能」
開発中にライブラリの使い方を聞いた際、そのライブラリには存在しないメソッドや引数を提案するパターンです。
- 例: Pythonの特定のライブラリにおいて、最新版でも旧版でも存在しない
pd.super_useful_function()のような架空の関数を使い、エラーが出るコードを出力する。
④ 文脈の無視・矛盾(Inconsistency)
長い対話の中で、前の方で言ったことと矛盾する内容を述べるパターンです。
- 例: 最初は「Aさんは男性です」と言っていたのに、数ターン後には「彼女(Aさん)は〜」と性別が入れ替わってしまう。
3. 実務で遭遇しやすいリスクと落とし穴
AIを業務で活用する際、ハルシネーションは単なる「間違い」では済まないリスクを孕んでいます。特に以下の分野では注意が必要です。
専門知識が必要な調査(法律・医療・税務)
法律の条文や判例、医療知識などをAIに要約させる際、ハルシネーションが混じると致命的です。AIが勝手に「ただし、〇〇の場合は免除される」といった架空の例外条項を作り出すことがあります。これを見逃して顧客に案内すれば、法的なトラブルに発展しかねません。
プロダクト開発とコード生成
AIが生成したコードをそのままコピペして利用する場合、ハルシネーションによって「セキュリティ上の脆弱性」が紛れ込むことがあります。動作しないだけであればエラーで気づけますが、「動作はするが、内部で意図しない挙動(隠れたセキュリティホール)を作っている」ケースが最も危険です。
コンテンツ制作における権利侵害
「〇〇という企業について紹介して」と指示した際、ハルシネーションによって「不祥事を起こしたことがある」といった虚偽の情報が生成されることがあります。これをそのままブログやSNSに公開してしまえば、名誉毀損や信用毀損の加害者になってしまう恐れがあります。
Yachi特にジュニア層のエンジニアが、AIの生成した「もっともらしいが間違っているコード」を信じ込み、デバッグに数時間を溶かす光景は、プロダクト開発の現場でしばしば見受けられます。
4. ハルシネーションを抑制する技術的アプローチ:RAG
現在、ビジネス用途で最も有力なハルシネーション対策とされているのが RAG(Retrieval-Augmented Generation / 検索拡張生成) です。
RAGの仕組み
RAGは、AIが回答を生成する前に、「信頼できる外部データベース」から情報を検索し、その情報を元に回答させる仕組みです。
- 検索: ユーザーの質問に対し、社内ドキュメントや最新のニュースなどの外部情報を探す。
- 付加: 見つかった情報をプロンプト(指示文)に付け加える。
- 生成: AIは、与えられた情報「だけ」を使って回答を組み立てる。
なぜRAGが有効なのか
LLMが持っている「古い学習データ」や「曖昧な記憶」に頼らず、その場で提示された「確実な資料」を根拠にさせるからです。これにより、事実に基づかない適当な発言(ハルシネーション)を大幅に減らすことが可能になります。

5. プロンプトエンジニアリングによる回避術
開発者やユーザーが、特別なシステムを組まずに今すぐ実践できる対策もあります。プロンプト(AIへの指示)の工夫です。
① 「わからない場合は『わからない』と答えて」と命じる
AIは「空気を読んで答えてしまう」性質があるため、あらかじめ逃げ道を作ってあげることが重要です。
- プロンプト例: 「以下の質問に答えてください。もし確かな情報が手元にない場合は、推測で答えずに『分かりません』とはっきり述べてください。」
② 役割(ロール)を固定する
特定の専門家なりきらせることで、回答のトーンを安定させ、適当な発言を抑制します。
- プロンプト例: 「あなたは、正確性を最優先する校閲記者です。提供された事実のみに基づき、客観的に要約してください。」
③ ステップバイステップで考えさせる(Chain of Thought)
一度に結論を出させず、思考の過程を書き出させることで、論理的な破綻(ハルシネーション)を防ぎます。
- プロンプト例: 「この問題について、まずは関連する事実を列挙し、それから順を追って結論を導き出してください。」
④ グラウンディング(根拠の提示)を求める
「どこに書いてあったか」を併記させる指示です。
- プロンプト例: 「回答の根拠となった文章を引用し、該当する箇所を示してください。」
Yachi完璧に防ぐことは難しいですが、これらの指示を加えるだけで回答の信頼度は劇的に変わります。特に「知らないことは知らないと言わせる」のは、基本でありながら最も効果的な防衛策です。


6. ハルシネーションと「温度感(Temperature)」の関係
APIを介してLLMを利用する場合、Temperature(温度) というパラメータを調整することで、ハルシネーションのリスクを制御できます。
- Temperatureが低い(0に近い): 回答が保守的で、常に同じような(確率的に最も高い)言葉を選びます。事実確認やコード生成に向いています。
- Temperatureが高い(1に近い): 回答に多様性や創造性が生まれますが、その分、事実から外れた「面白い嘘(ハルシネーション)」をつく確率も上がります。
実務で「正確性」が求められるプロダクトを作る場合は、この値を低く設定するのが定石です。
7. 似た用語との違い:誤解を解く
ハルシネーションと混同されやすい言葉についても整理しておきましょう。
| 用語 | 内容 | 違いのポイント |
|---|---|---|
| バイアス(偏見) | 学習データに含まれる偏った考え方が出力に反映されること。 | 事実かどうかよりも「公平性・倫理観」の問題。 |
| 知識のカットオフ | AIが学習を終えた時期以降の情報を持っていないこと。 | 嘘をついているのではなく「単に知らない」状態。 |
| 脱獄(Jailbreak) | 制限を回避して不適切な回答を引き出す攻撃。 | 意図的にルールを破らせる行為。 |
ハルシネーションは、これらとは異なり、AIが「正しいと思っている(確率的に妥当だと判断している)」にもかかわらず、客観的事実と乖離している状態を指します。
8. ハルシネーションを「前提」とした運用のあり方
最後に、エンジニアやビジネスパーソンがハルシネーションとどう向き合うべきか、その心構えをまとめます。
「100%の正解」を期待しない
現在のLLMのアーキテクチャである限り、ハルシネーションをゼロにすることは理論上不可能です。したがって、AIの出力をそのまま自動化プロセスに組み込むのは、常にリスクを伴います。
Human-in-the-loop(人間による介在)
重要な意思決定や、公開用のコンテンツ作成においては、必ず人間が内容のファクトチェックを行う工程を入れましょう。「AIが下書きし、人間が検証・修正する」というワークフローが、現時点での最も現実的で安全な運用方法です。
批判的思考(クリティカル・シンキング)を持つ
AIから返ってきた回答がどれほど自信満々な口調であっても、まずは疑ってかかる姿勢が必要です。特に、以下のような特徴がある回答は、ハルシネーションを疑いましょう。
- 非常に具体的すぎる数字や名前(特にマイナーなもの)。
- 出典を聞いたときに、URLがデッドリンク(リンク切れ)になっている。
- 専門用語を並べているが、論理の飛躍がある。
YachiAIは「優秀なアシスタント」ですが、「責任を取ってくれる上司」ではありません。最後に責任を持つのは常に人間であるという自覚が、AIを使いこなすための最大のスキルです。
まとめ
- ハルシネーションは、AIが確率的に「もっともらしい言葉」を繋いだ結果生まれる嘘。
- 原因は、AIが事実を理解しているのではなく、統計的な予測を行っているため。
- 対策として、外部知識を補完するRAGや、指示を工夫するプロンプトエンジニアリングが有効。
- 実務では、AIの出力を鵜呑みにせず、人間による検証(ファクトチェック)を必ず行うことが不可欠。
生成AIは非常に強力なツールですが、その「弱点」であるハルシネーションを正しく理解し、適切にリスクを管理すること。それが、これからの技術者やビジネスパーソンに求められる真のAIリテラシーです。
