結論: RAG(検索拡張生成)とは、AIに「外部の資料(教科書や社内文書)」を読み込ませた上で、その内容をもとに回答させる仕組みのことです。
ChatGPTなどの生成AIは非常に賢いですが、学習していない最新の情報や、企業秘密のようなクローズドな情報については答えることができません。無理に答えようとすると、もっともらしい嘘(ハルシネーション)をついてしまうこともあります。
この「知ったかぶり」を防ぎ、特定のデータに基づいた正確な回答を引き出すための技術がRAGです。
この記事では、RAGがなぜ注目されているのか、どのような仕組みで動いているのか、そして導入する際に直面する課題まで、開発や実務の視点から詳しく解説します。
RAGを例えるなら「教科書持ち込み可の試験」
RAGの仕組みを理解するのに最も適した例えは、「教科書を持ち込める試験」です。
一般的なAI(LLM:大規模言語モデル)の回答は、いわば「記憶力だけで挑む試験」です。
AIは学習フェーズで膨大な知識を詰め込みますが、学習が終わった瞬間に知識の更新は止まります。そのため、学習データにないこと(昨日のニュースや、あなたの会社の就業規則など)を聞かれても、記憶を辿るだけでは正解を出せません。
一方で、RAGを導入した AIは、以下のようなステップで回答します。
- 問題を読み取る(ユーザーからの質問)
- 手元の教科書から関連するページを探す(情報の検索:Retrieval)
- そのページを読みながら回答をまとめる(生成:Generation)
このように「検索」によって「生成」を「拡張」するから、Retrieval-augmented Generation(RAG)と呼ばれます。
YachiAIにすべての知識を覚え込ませる(学習させる)のは、膨大な時間とお金がかかります。しかし、RAGを使えば「AI本体はそのままに、渡す資料(教科書)を差し替えるだけ」で、最新情報や専門知識に対応できるようになります。これが実務でRAGが好まれる最大の理由です。
なぜRAGが必要なのか? AIが抱える3つの課題
RAGがこれほどまでに普及している背景には、現在の生成AIが抱える構造的な弱点があります。
1. ハルシネーション(もっともらしい嘘)
AIは、確率的に「次に続く可能性が高い言葉」を繋げて文章を作ります。そのため、知らないことでも「それっぽい文章」を生成してしまいます。RAGによって「この資料に基づいて答えてください」と制約をかけることで、根拠のない回答を大幅に減らすことができます。
2. 情報の鮮度(カットオフ)
AIの学習には数ヶ月から数年単位の時間がかかります。例えば、今日リリースされた新製品についてChatGPTに聞いても、デフォルトの状態では答えられません。RAGであれば、最新のプレスリリースを「資料」として検索対象に追加するだけで、即座に回答が可能になります。
3. 機密情報の扱い
ChatGPTのような公開モデルに、自社の社外秘データを学習させるわけにはいきません。RAGなら、データ自体は自社が管理する安全なデータベースに置いておき、質問されたときに必要な部分だけをAIに読み取らせるという運用が可能です。

RAGが動く仕組み:4つのステップ
RAGは単に「ファイルをアップロードする」だけではなく、裏側では高度な処理が行われています。大きく分けて4つのステップがあります。
ステップ1:情報のデータ化(インデキシング)
まず、PDFやWord、Webサイトなどの資料をAIが検索しやすい形に加工します。
長い文章をそのままでは扱いにくいため、数百文字程度の「チャンク(塊)」に分割します。そして、それぞれのチャンクを「ベクトル(数値の羅列)」に変換して、専用のデータベース(ベクトルデータベース)に保存します。
ステップ2:質問の検索(リトリーバル)
ユーザーが質問を入力すると、その質問も同じように「ベクトル」に変換されます。
データベースの中から、質問のベクトルと「意味が似ている」チャンクを探し出します。単なるキーワードマッチ(単語が一致するか)ではなく、文脈や意味の近さで検索するのが特徴です。
ステップ3:プロンプトの構築(オーグメンテーション)
検索で見つかった関連する文章(資料の一部)を、ユーザーの質問と一緒にAIに渡します。
具体的には、以下のようなプロンプト(指示文)が自動的に作られます。
以下の【資料】を読み、それを根拠にして【質問】に答えてください。資料に答えがない場合は『わかりません』と答えてください。
【資料】
・〇〇株式会社の夏季休暇は8月13日から15日までです。
・休暇中の連絡先は……
【質問】
今年の夏休みはいつからいつまで?
ステップ4:回答の生成(ジェネレーション)
AIは渡された資料を「カンニングペーパー」として使い、回答を作成します。これにより、AIが本来持っていない知識に基づいた正確な回答が出力されます。
RAGとファインチューニング、どちらを選ぶべきか?
AIを特定の用途に特化させる手法として、よく比較されるのが「ファインチューニング(追加学習)」です。どちらを採用すべきかは、目的によって明確に異なります。
| 比較項目 | RAG(検索拡張生成) | ファインチューニング(追加学習) |
|---|---|---|
| 主な目的 | 特定の知識を補強する | 回答のトーンや形式を最適化する |
| 情報の更新 | 容易(資料を差し替えるだけ) | 困難(再学習が必要) |
| ハルシネーション | 抑制しやすい | 抑制しにくい(知識が混ざる) |
| コスト | 比較的低い | 高い(計算リソースが必要) |
| 透明性 | 高い(引用元を明示できる) | 低い(なぜそう答えたか不明) |
結論として、「特定の知識や最新データに基づいた回答をさせたい」ならRAG一択です。一方で、「特定の専門用語を自然に使いこなしてほしい」「特定のキャラクターになりきってほしい」といった、AIの「振る舞い」を変えたい場合にはファインチューニングが適しています。
YachiファインチューニングとRAGを比較した時、多くの開発プロダクトでは、まず RAGから検討を始めます。ファインチューニングはデータの準備も大変ですし、一度学習させると「やっぱりあの情報は間違いだった」と消去することが難しいためです。

RAG導入時の「ハマりポイント」と解決策
RAGは概念こそシンプルですが、プロダクトとして高品質な回答を実現しようとすると、多くの障壁にぶつかります。
1. データの質(Garbage In, Garbage Out)
「ゴミを入れればゴミが出てくる」のはRAGも同じです。
- PDFのレイアウトが複雑で、テキストが正しく抽出できていない
- 古いマニュアルと新しいマニュアルが混在している
- 表形式のデータが壊れてしまっている
これらは検索精度の低下に直結します。データを投入する前の「前処理(クレンジング)」が、RAGの成功の8割を握ると言っても過言ではありません。
2. チャンク分割の戦略
文章をどこで切るかは重要です。短すぎると文脈が失われ、長すぎると関係ない情報が混ざってAIが混乱します。
最近では、単純な文字数区切りではなく、文章の構造(見出しなど)を考慮して分割する手法や、複数のチャンクを重ね合わせる(オーバーラップ)手法が一般的です。
3. 「検索」の限界
ベクトル検索は「意味の近さ」を探すのは得意ですが、「特定のキーワードが含まれるかどうか」を厳密に判断するのは苦手なことがあります。
これを補うために、従来のキーワード検索(BM25など)とベクトル検索を組み合わせる「ハイブリッド検索」という手法が多くのプロダクトで採用されています。
4. 検索結果の並び替え(リランキング)
データベースから抽出した上位10件が、必ずしもAIにとって最適な回答の根拠になるとは限りません。
一度検索した結果を、別の小さなAIモデルを使って「本当に質問の回答に役立つ順」に並び替える「リランカー(Reranker)」を挟むことで、回答精度が劇的に向上することがあります。
RAGの具体的な活用シーン
RAGはすでに多くの企業で実用化されています。
社内ドキュメントの検索・要約
「就業規則はどこ?」「経費精算のルールは?」といった、総務や人事への問い合わせを自動化します。膨大なPDFを検索し、根拠となるページ数を示しながら回答するチャットボットは、RAGの最も得意とする分野です。
カスタマーサポートの補助
過去の問い合わせ履歴や製品仕様書をRAGに読み込ませることで、サポート担当者が回答案を作成する時間を短縮します。FAQサイトの内容をRAGで検索可能にすれば、ユーザーが自分で解決できる割合(自己解決率)も高まります。
最新ニュースや市場調査の分析
特定の業界ニュースや調査レポートを常にRAGにインプットし続けることで、最新のトレンドに基づいた分析やレポート作成を支援します。
似ている用語・関連用語との違い
RAGを理解する上で避けては通れない周辺用語を整理しました。
| 用語 | 一言でいうと | RAGとの関係 |
|---|---|---|
| LLM | 大規模言語モデル(GPTなど) | RAGにおける「生成(Generation)」を担う脳 |
| ベクトルDB | 数値化されたデータを高速検索するDB | RAGにおける「検索(Retrieval)」を支える倉庫 |
| Embedding | 文章をベクトル(数値)に変換する技術 | データをDBに保存したり検索したりするための変換器 |
| Context Window | AIが一度に扱える情報の制限 | RAGで「いくつの資料を渡せるか」の限界を決める枠 |
Yachi最近は「Long Context LLM(一度に大量の情報を読み込めるモデル)」が登場し、「RAGは不要になるのでは?」という議論もあります。しかし、数百万文字の情報を毎回の質問でAIに読み込ませると、コストが非常に高くなりますし、処理も遅くなります。そのため、必要な情報だけをピックアップする RAGの優位性は、当面揺らがないと考えられます。
注意点:RAGは「万能薬」ではない
RAGを導入すればすべての問題が解決するわけではありません。
- 情報の漏洩リスク: ユーザーの権限管理を適切に行わないと、平社員が役員専用の機密情報に基づいた回答を得てしまう、といった事故が起こり得ます。
- コストの管理: 検索用のデータベース維持費や、AIに渡す資料の文字数(トークン数)に応じた従量課金が発生します。
- 評価の難しさ: RAGが「正しい答え」を出しているかどうかを定量的に測定するのは非常に難しい作業です。人間が地道にテストケースを作って検証し続ける必要があります。
まとめ
RAG(検索拡張生成)は、生成AIの「知ったかぶり」という最大の弱点を克服し、実務で使えるレベルに引き上げるための強力な武器です。
- AIに教科書(外部データ)を渡して、それを見ながら答えさせる仕組み。
- ハルシネーションを防ぎ、最新情報や機密情報に対応できる。
- 「検索(Retrieval)」と「生成(Generation)」の組み合わせで成り立つ。
- 導入にはデータの質や検索精度のチューニングが不可欠。
もしあなたが「AIに自社のデータについて答えさせたい」と考えているなら、まず検討すべきはモデルの作り直しでも追加学習でもなく、このRAGという仕組みの構築です。技術の進歩は早いですが、「必要な情報を探し出し、それを元に考える」というRAGのコンセプトは、今後も生成AI活用の中心であり続けるでしょう。
